「宿題やったの?」と聞く前に、
そもそも「宿題がランドセルに入っていない」。
発達グレーの長男を育てる中で、今まさに私を悩ませているのが、
この宿題持ち帰り忘れ問題です。
忘れ物は特性上「仕方ない」と割り切っていたはずなのに、
学校からの連絡や先生の負担を考えると、どうしても自己肯定感が削られてしまう……。
今回は、心理士さんの言葉にハッとさせられた経験と、親としての葛藤を正直に綴ります。
学校という戦場を終えたあとの、さらなる「試練」
長男にとって、学校の授業は想像以上にエネルギーを消耗する場所のようです。
ワーキングメモリの低さゆえか、帰宅する頃にはもうライフはゼロ。
やっと一息つけると思った場所で「宿題」という高い壁が現れれば、
癇癪が起きるのも無理はありません。
勉強嫌いだった私には、その気持ちが痛いほど分かってしまう。
だからこそ「やらなくていいよ」と言えない立場が、余計に苦しいのです。
「困っていないから直らない」という真実
忘れ物チェッカーもメモ作戦も、わが家の長男には効果がありませんでした。
そんな時、心理士さんに言われたのがこの言葉です。
「本人が困っていないから、改善しないんです」
長男にとっては、宿題を忘れても休み時間や居残りでやれば済む話。
それが本人にとって「苦」でない以上、彼の中で「持ち帰る理由」が生まれない。
「困りごと」が「対策」に繋がらないという特性の難しさを、突きつけられた瞬間でした。
先生への申し訳なさと、削られる自己肯定感
最近始まった、未提出者の「居残り学習」。
先生方が忙しい中で対応してくださることには感謝しかありませんが、
連絡をいただくたびに
「家庭でちゃんとやらせてください」
と突き放されているような気持ちになってしまうこともあります。
「私だって毎日言っている。でも、現物(宿題)を持って帰ってこないから、どうしようもないんだ……」
この「どうしようもなさ」を抱えながら、毎日何度も何度も声をかけ続ける日々は、
正直、疲れ果ててしまいます。
まとめ|親が背負いすぎない「距離感」を探して
1年生の頃から、何百回、何千回と言い続けてきた
「明日の支度」と「宿題」。
親がフォローし続ければ子どもは「困らない」けれど、親は「疲弊」する。
逆に手を離せば、子どもは「失敗」するけれど、
その失敗を本人が「困りごと」として受け止められるかは分からない。
「どこまで親が介入すべきか」の答えは、今も出ていません。
でも、まずは「今日も声をかけた自分、偉い!」と
自分を認めることから始めようと思います。
完璧な対策は見つからなくても、こうして悩みながら向き合っていること自体が、
長男への一番の支援だと信じて。




