「小学校に入ったら、嫌でも勉強が始まるでしょ。のびのび過ごせるのは今だけだと思って」
かつて公園で出会ったママ友に言われたこの一言。
当時、教育系の幼稚園を選ぼうとしていた私の胸の奥は、小さくザワつきました。
あれから数年、長男が小学生になった今でも、ふとした瞬間にこの言葉が頭をよぎることがあります。
この記事では、
教育系の幼稚園を選んだ私の葛藤と、数年経って見えてきた「その後の姿」について綴ります。
この記事を読むことで、
- 「のびのび」と「規律」のどちらを優先すべきかという迷いへの向き合い方
- 教育系の園で過ごした子が、小学校でどう変わったかという実例
- 親が下した決断をどう受け止めていくか を知ることができます。
正解のない選択に、今も揺れているあなたの心に届きますように。
他意のない会話が、心に「小さなトゲ」を残した日
当時、公園では幼稚園の情報交換が盛んでした。
そこで出会った、長男より一つ上の男の子を持つママ。
彼女のお子さんもとても活発で、失礼ながら「大変そうだな」と感じるほどでしたが、
彼女が選んだのは「のびのび園」でした。
「どうして、のびのび園を選んだの?」
何気なく尋ねた私に、彼女は少し考えてからこう言いました。
「小学校に上がったら、嫌でも勉強が始まるでしょ。のびのび過ごせるのなんて、今しかないと思ったから」
その時感じた「確かに……」という感覚。
それは、規律のある園を選ぼうとしていた私にとって、消えない「小さなトゲ」のように胸に残りました。
行事のたびに、次男の姿に、今もリフレインするあの言葉
それからも、その言葉は年に一度ほど、ふとした瞬間に蘇ります。
行事の後、参観日、疲れ切って帰った夜。
「本当に、この選択でよかったのかな?」
その思いは、次男の代になっても消えませんでした。
幼稚園で椅子に座り、指示通りに製作に励む次男。
一方で、同じ時間に公園で泥だらけになって遊ぶ保育園の子たち。
その対照的な姿を見た時、またあの言葉がリフレインするのです。
夫に相談しても、
「今更考えても仕方ない。座れてるならいいじゃない」
と笑われますが、母親である私の心は、そんなに簡単には割り切れませんでした。
小学校入学後の長男が見せた、一つの「結果」
ただ、小学生になった長男の姿を見て、気づかされたこともあります。
約4年間「座るのが当たり前」「指示を聞くのが当たり前」という環境に身を置いてきた長男。
決してじっと座るのが得意なタイプではありませんが、彼はそれを「そういうものだ」とごく自然に受け止めています。
結果として、小学校に上がってからも立ち歩いてウロウロすることはありませんでした。
もしあの時、別の園を選んでいたらどうなっていたか。
それは誰にも分かりません。
でも、長男が今、学校という場所で戸惑わずに過ごせていることは、一つの事実でした。
結論:親の葛藤は、子どもを想い続けた「愛情の足跡」
どの選択が正解だったのか、その答えはこれからも出ないのだと思います。
今、園選びや子育ての選択で「これでよかったの?」と自問自答しているママへ。
完全な正解が出ないのは、あなたがそれだけ真剣に、わが子の幸せを願っているから。
数年経っても思い出すあのママの言葉も、今の私の揺れる気持ちも、
すべては息子たちのために悩み抜いてきた証拠なのだと、今は思うようにしています。
答えが出ないまま、それでも一歩ずつ。
その葛藤さえも大切にしながら、進んでいけばいいのだと感じています。
※このブログでは、
発達グレーの長男との日常や、
ストレスを減らす工夫、
おでかけ・学習・家庭での試行錯誤を
等身大で書いていきます。
同じように悩んでる方の少しでもヒントになれば嬉しいです。




